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2011年2月

2011年2月 8日 (火)

八百長

世間では今、八百長という言葉が盛んに飛び回っていますが、何も相撲に限った話ではありません。

仲が良いのは良いことですが、そういうところから慣れ合いが出てくるもので、お互いに利益を持とうとする動きを見掛けることは少なくない。

利益までは行かなくとも、通らないことがまかり通ってしまうこともあります。

公私混同とでもいうのでしょうか、昔からそういうことはあるのが普通ですが、協力することが間違った形の協力になってしまうと困ったことになる。

最近ではそういった 「考え方の取り違え」 が当たり前のように独り歩きしてしまっている気がします。

勝負事は特に注意が必要で、慣れ合いにならないようにすることを胆に銘じられているのですが、考え方をきちんと受け継いでこられない結果、間違った考えを起こす要因になってしまったのかもしれません。

伝承という言葉の中には、技や知識の他にもマナーが大切だということだと思います。

世間に通用するマナーは勿論ですが、一角の人になればさらに自分に厳しくしないと人の上に立つ資格はない。

社会的地位の高い人程それを意識していくことが、これからの人を引っ張っていくのに重要になるものなのだと

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2011年2月 1日 (火)

高齢者と子供

最近の高齢者はゲームセンターへ出掛けて行くことは珍しくないです。

ダンスレボリューション等、健康の為というのは面白い考えで全天候型であるので気軽に遊びながら出来るという点では良いことだと思います。

しかし使う金額が平均5千円、若者の平均金額は2千円ということなので、裕福であるとも言えます。

これと対照的に起こっているのが、高齢者の万引き。

貧富の差が激しいということもあるかもしれませんが、実際はお金に困っていなくてもしているという現実もあります。

ゲームセンターに通ったり、万引きしたりする高齢者から感じることは 『寂しさの裏返し』 であるのではないかということです。

人とのコミュニケーションが昔に比べて薄くなっているということが原因なのかも。

親子間もそれぞれの生活を優先するようになり、子供が所帯を持つと関係は薄れがちであったり・・・

必死に働いて子供と向き合う時間が思っているよりも少ない家庭もある。

小さな子どもを虐待する親や放棄する親も年々増えているようですが、愛情をもらって育たなかった子供が親になり、また同じことを繰り返そうとする連鎖が起こりやすい実情もあり、高齢者と子供の問題はどこかで関連しているのだと思います。

高齢者と子供の共存する良い暮らし、当たり前なのに出来なくなってきたことには人の自分本意という部分の表れなのだろうか?

教育資金も日本では莫大に掛かるが海外ではそれほどではないように国が支える部分が多いようです。

不正があってはならないが、やはり社会が悪いという他ない。

尊敬できる大人ばかりではない、良い子供に育てていくには尊敬できる信用ある機関、大人に囲まれることだろうと思うが、実際はどうだろうか・・・

まずは天下りをなくしてほしい、お金に執着するのではなく品位のある人格者=大人のイメージを子供に持たせられるようにしていくことが大切ではないだろうか。

裕福な高齢者の為に子供が働くのではなく、社会の為に働いて公平に活用してもらうという考えでないと子供が背負う負担が精神的に大きい。

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