カテゴリー「心と体」の記事

2011年4月 1日 (金)

みんなどこかでつながっているんだね

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いきているかぎり

どんなときも

みんなどこかで

つながっているんだね

Photo_2

そらも うみも

ほしも つきも

ひとつのちきゅうで

つながっているんだね

遠くの国も 人も 気持ちだけは お互いをすぐに駆け抜けていける

自然は美しく雄大で、時に厳しくて怖い存在

でも私達は共存している

海を憎む人も 空を憎む人もいない

いつの世も 心のどこかで 愛しく思っている

人も自然もとてもよく似ている

良い面と悪い面、どちらも持っている

当たり前の事なんだと思う

それとどう付き合っていくか・・・

人も 国も 自然も 

きっと 同じ空間を共有する似た者同士

by miho

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2010年8月 3日 (火)

広島平和記念資料館

今朝は久しぶりに涼しい風の吹く過ごしやすい朝になりました

40度近い夏が当たり前のようになっている今日この頃ですが、子供の頃はこんなに暑い日はなかったと思います

30度越えで悲鳴を上げていたのがウソのように感じます

もっともっと遠い夏の日にはまた違うこともあったかもしれません

先週行った広島での平和記念資料館が思い出されます

知っている事ではありますが、あそこで実在した当時の生々しい写真や原爆後の衣服、建物の一部などが展示されているのを見ると、被爆した方々の事を思い深い悲しみに襲われます

もう何年もたった今でも忘れられない人間の過ち

繰り返してはいけないのだといいながら、今も世界のどこかで常に起こしている戦争は罪以外の何ものでもありません

なぜなら国同士の戦争が関係のない子供たちまで巻き込んでいるにすぎないのだから・・・

そして純粋な気持ちにまた悪い種を植え付け戦争の原因を作っているのかもしれません

事実という恐ろしい地獄のような体験

それは被害に遭ったお亡くなりの人にとってどんなに恐怖だったことか。。。

あの核爆弾は必要のない実験にすぎなかったということは間違いない気がします

あれで戦争が終わったという正当化発言は勝った国の勝手な言い分でしかなく、歴史はそうやって戦勝者に有利なように塗り替えられていくのだとみんなどこかで解っています

罪は罪でしかなく、どんなに正当化しようと人間が意図的にした殺人の事実は変わらない

人ほど恐ろしく罪深い生きものはいない

4000度の熱、あっという間に消滅してしまうのでしょうが

その一瞬で終われない苦しみ、生き萎えながら苦しんだ人達の生き地獄がこの原爆の恐ろしさです

そして後から襲ってくる放射能の影響、体を蝕む恐怖と怒り

こんな哀しみがこの世にあったという事実、これほどの壮絶な事実を世界が本当に理解しているのだろうか・・・

海外からの訪問者はいますが、どれほどの人がこの事実に関心を持っているのかという疑問はあります

日本人でさえこの資料館を見ずに終える人がいるでしょうが、絶対に忘れてはいけない語り継いでいかなければならない負の遺産である事に間違いはない

1945年、8月6日8時15分、核爆弾が落とされた日・・・

絶対に繰り返したくない広島の人々の強い願いを感じました

今は平和公園が美しく整備されている、その横に原爆ドームが建ち、余計に物悲しさを感じます

そして復興した人々の強さに心打たれて景色を眺めると、人はなんて強いのかと思わずにいられませんでした

本当の強さとは攻撃などではなく、忍耐と前向きな気持ちの持ち方なのだということがはっきりと自覚させられます

残された方達の哀しみや苦しみを無駄にしないよう、戦後に生まれた私達は何かを学びとらなければならない

未来の子供たちに伝える何か、苦しみから生まれるものは必ずあるということもそのひとつである

miho

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2010年7月23日 (金)

ペットの依頼イラスト完成

まずは、こちらからart

ルーファス・リン・ギャラリー /Rufus Lin Gallery of Japanese Art

「あのそらに向かって」の作品展示期間が決まりました

作品は無事カナダまで到着し、今日連絡をいただきましたairplane

7月26日9月17日までの8週間になります

展示風景の写真を後程送ってくださるそうですので、またその時は記事UPします

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お世話になっている歯医者様よりお亡くなりのワンちゃんのメモリアルとして、イラストの依頼がありました

お墓の代わりに1枚の絵にしたいとのことで、海をバックに走っている姿というご要望でした

目がくりっとした大きなワンちゃんです

太陽の陽をあびて元気いっぱいの生前を思い浮かべながら描きあげました

死してなお心に残るのは明るく楽しい思い出・・・

仕事場でふと目をあげた時に和める、そんな1枚になっているでしょうか

このほど完成して今日お渡ししてきました

Chibi

先生御夫婦には気に入っていただけましたhappy01

診察室に飾られるそうですので今度行った時にどんなふうに見えるか楽しみですnote

・・・といっても今月行ったばかりなのでまだ健診はかなり先ですけれどねclover

帰りに桃を山ほどいただきまして恐縮です

愛はずっと死なずに心に残るものですが、どんなに愛した人でもはっきりとは顔が思い出せなくなるものだそうです

写真や絵はそれを補ってくれるものでもありますね

私の亡くしたウサギも火葬車にきていただきましたが、サービスで作ってもらえるガラスの写真立てに良い写真がなくて残念に思った事があります

絵にすることでその問題が解決できることもあるのだと今は思います

いろんな形で人は思い出を残そうとするものなのでしょう

そのお手伝いが出来て、私もちょっと嬉しい日となったのでした

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2010年7月13日 (火)

ペットの絵の依頼がありました

よく個展に来て下さる歯医者さんから亡くなられたワンちゃんの水彩画を頼まれました

今日、ワンちゃんの写真を受け取りがてら受診に行ってきます

大切に育てられていたのでしょう。 

お墓を作るよりも絵にして供養されたいとのことで、ペットに対しての真剣な思いが伝わってきました

診察室に飾られるそうです、記念に残る素晴らしい絵が描けるように私も努力したいと思います

出来あがりましたら、またここに載せたいと思います

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2010年5月27日 (木)

詩集「夢は想いから」原画展準備

只今、「夢は想いから」の原画展の準備中です

他にも水彩画なども組み合わせての展示になります

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本やポストカード等の販売も予定しています

1260_3 goodbook出版(直通販) ¥1,260-

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● 6月10日(木)~21日(月)火水休廊 11:00~18:00 

● ギャラリ―木の実

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2008年12月25日 (木)

飯島愛さん、お悔やみ申し上げます

飯島愛さんが亡くなられましたね・・・

昨日知って、驚きました。しかも数日が経ってという事で、いわゆる孤独死という事ですが意外というか衝撃でもあります。

まだ、36歳という若さでこれから楽しい事が待っているはずなのに本当に残念です。

心からお悔やみ申し上げます。

彼女は波瀾万丈の人生で「プラトニックセックス」でも明らかにされている部分はあると思いますが、私達他人がまだまだ知らない苦悩や経験も沢山あったと思います。

人は皆楽しみ喜びだけでなく、何かしらの苦悩を抱え毎日を送っている。

それでも明るく前向きに生きようとすることが、その人を輝かせている部分もあると思うのですが、あまりにも無理をしすぎると内外どちらにも体調に支障をきたしたりするもの・・・

自分では気がつかずにそういったこともある。今鬱症状のある人は男女ともに多い。

そういう人は大概「いい人」と言われることが多いのも頷ける。

自分より他人の事を心配してしまう優しさや強い責任感から知らず知らず気持ちが鬱に向いて行く。

本来の明るさがそれを引きとめようとして今度は躁に・・・躁鬱の始まりである。

これは内面だけでなく、不思議と体と繋がっていることも認識しないと病気に気がつかない場合もあるので厄介なところです。

神経の一つ一つが体の臓器と繋がっているので、まさかと思うかもしれませんが、意外と関係があるようです。

「病は気から」と昔から言われますが、これは意外と当たっているのだと思います。

ストレスからくる病気は胃だけではなく、疲れという症状から来るいろんな病気と密接しあっている。

心身ともに健康でいることが1番ですが、今の時代このバランスが保ちにくい環境になってきているのではないかと思う事があります。

それ以外にも私達が知らず知らず体に取り込んでいるかもしれないダイオキシンなど・・・科学的にもまだ解らずに悪影響を受けているのではないかという危惧もうすうす感じます。

☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

日頃からポジティブになるように気持ちをリラックスさせることは必要。

後は自分らしくいること・・・みんなと同じでなくてもいいのだという事、自分を信じることは大切だと思う。

みんなが全て違う事を理解してあげる事も。

自分を信じることと自分を押しつける事はまた違う問題。

これは親子間にも関係してくること・・・私たち親の役目はとても重要である。

親になったことを誇りに思い、その役割を天命と考えるのも良いかもしれない。

子供は天使、神からの贈り物と言われる所以はそこにあるのかも・・・☆

miho

☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

個展 12/4(木)~28(日) 定休日水曜

平塚市ブラッスリーHxM(アッシュエム)

カジュアルフレンチのお店です。お食事しながらご覧いただけます

(ワンちゃん連れは外になります HPはこちら

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みほのおかしな日記帳もご覧ください

shinebook絵本「あいしているっていって」

岐阜県青少年優良図書推奨されましたshinehappy02

こちら推薦状況 

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2008年10月12日 (日)

うちのA型男達

今年の秋冬物の衣服の入れ替えがまだ済んでいません(*´ェ`*)

暑かったせいもありますが、さすがにそろそろ入れ替えないと今日のように肌寒い時に着るものがあまりない。

半袖に混じって長袖もあるにはあるが、しまい込んだ中に何が残っているのかもチェックしないといけない。

なければ、必然的に買い足さないといけないのだから。

子供や旦那さんには自分で入れ替えもやって欲しいところだけれど、いつも私がしなければいつまでたってもそのままということになる。

よって、やはりこの仕事は私の仕事となるε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

血液型が関係するならば私以外のA型3人はかなりのマイペースだ!

例えば私なんかは待ち合わせ時間には5~10分前に着く。

しかし、この3人はギリギリ、もしくは遅れるくらいなのである。

私は横でハラハラしながら、この人たちはどうしてこんなにのんびりしているのか? と首をかしげてしまう。ヾ(;´Д`A

これは3人が男だからなのか、それとも血液型が関係しているのか?????

しかしO型である私こそズボラな筈であるのだ。確かにそうだと思う面は多いヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

例えば細かいことにはうるさくない(←聞こえは良い)。しかし人との待ち合わせなど、他人に迷惑をかけたくないという強いポリシーがある。

これはたぶん子供の頃からのおばあちゃんの躾けによるものだと思う。

“人様に迷惑だけは掛けてはならない!” である。 

自分勝手な単独行動が好きではあるが、人と関わる時には相手の気持ちを考えすぎるところがある。

なので、自分よりも相手の意見を聞いてあげることが多いのだ。

それがどうやら人のお世話をする羽目になっているようだ。

この場合も子供や旦那さんが部活や会社で疲れているのだからやってあげようと思う訳で(^-^;

人間、誰かが違う役割を労わなければならないのよね・・・ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

子供が最近は服をネット注文したがり、またワードロープの服が増える傾向にある。

しかも良く似た服が多く、私の見る限りでは変わり映えがない。

男の子の着るものはあまり良く解らないが、今息子2号はB系にはまり始めている。

大体が中学生は1度はハマるものである。

確か1号もそんな感じだった。 ただ、1号は体が大きかったのでその方が楽な面もあり、まあ仕方ないかと思っものである。高校生になってからは割と普通(でもちょっとダサい)

かなり大きな服をダボッとさせて着るので一つ間違うとかなりだらしがなくなってしまう点がB系の着こなしの難しいところである。

この夏買ったキャップが3点・・・すべて黒色がベースでデザインが違う。

どうせなら違う色にすればいいのになぁ・・・と私は思うが、自分では気に入っているらしくどこか満足げ(´,_ゝ`)プッ

まあ、こうしてお洒落も経験を積んで最終的には自分のスタイルを作り上げていくのだろう( ̄ー ̄)ニヤリ

先日、私は驚愕・・・アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!・・してしまった!

2号の眉が・・・禿げていたからである\(;゚∇゚)/

どうやら濃いので自分で少し揃えるつもりが、だんだん少なくなっていったらしい(;´д`)トホホ…

しかも切れないハサミで!

もしかしてヤンキーになってしまうのではないかとかなり心配になったが、ただ失敗しただけだったので胸を撫で下ろしたヽ(○´3`)ノ フッ

やっと生えてきたところ(笑)

子供たちの日々成長を見守りながら、やはりこの人たちはマイペースだ、いや男だからか?とまた考えることになる・・・

マイペース・・・だからか今まであまり無茶をしたことはない。

これには見習う点もあるのだ。

人に合わせることも大事だが自分の思うように生きるということ

私もそういう影響を受けて来ているように思う。

環境というのはやはりあるようだ。

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2008年10月 8日 (水)

葉祥明さんの「ことばの花束」

ここで言う花束とは読者に対するメッセージである。

確かに花束という言葉が似つかわしく、誰かにプレゼントされた様なほんわかした気持ちになる。

数ある素晴らしいメッッセージの中から

「ことばの花束」の本文をひとつだけご紹介します。

共感 Sympathy

・・・自分以外の存在と、ひとつにつながり合うこと

人はもともと、ひとつの大きな

いのちからわかれた存在です。

だから、他の人々の苦しみや悲しみや喜びを

同じように感じる事が出来るのです。

そして、人間同どうしだけでなく、

あらゆる生きもの、植物や、海や川とも

心を通い合わせることが出来るのです。

Our lives as humans originated from one great life.

That is why people have ability to feel pain,

sorrow, and joy from others as if it were hteir own.

And we are capable of sharing our souls

not only among ourselves but also with all life

such as plant, and even with rivers and oceans

YOH  shomei.

簡潔なことばの中に見える人間の心の深い部分を見ることができます。

このような人の感情を見事に表現しているのがこの「ことばの花束」です。

これは3冊(3つのブーケ)のうちの1冊で、“心を開く15の言葉”です。

そして、英語に訳されているのはなかなかいい。

美しい言葉を知り、英語の勉強も出来ます。

                        こいでみほ

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2008年10月 1日 (水)

生きる

私のもう一つのブログで交流している読者さんの中には不治の病やうつ病の方もいます。

みんな何かを求めてブログを始めている。今出来る事、伝えたい事があるのだと私は思う。

私はそこのブログを読んでいると時々自分が一体化してしまうような感覚に陥る。

本音でぶつかって来る気持ちが物凄いエネルギーになって、ひしひしとこちらに伝わってくる。

そこには確かに目に見えない気というものが存在していて、エネルギーが充満しているのです。

常に生きようとする強いエネルギーと愛でいっぱいなのです。

病気になって気がつくこと、健康な体が衰えていく自分と常に向き合っている毎日と時間。

その時間をいかに貴重なものかを彼らは知っていて、1分も無駄にしたくはないのです。

皆に今出来ることで何かの役に立とうとしている人、詩を書いたり聖書を紹介する人・・・

人は何か形にして生きている存在をアピールするものなのかもしれない。

その中にはやはり苦悩が見え隠れして、私の胸は張り裂けそうになります。

私は健康なのにもっと強くならなければならないと思わせる力が確かにそこには存在している。

彼らは私に”ありがとう”と言うけれど励まされているのはこちらなのです。

「神様に選ばれた人」 私はそんな風に彼らの事を思う。

絶望の中にいて、なお輝こうとしている姿程尊く美しいものはない。

それは強い精神力がないと出来ないこと。

素晴らしい人達です。

心に訴えてくるもの、それは見るわけではなく心で感じるものです。人間の1番大切な部分でもある。

言葉だけではダメで、気持だけでもダメ。

何か行動し形にしなければ・・・

人は試練にあって初めて大切な事に気づくもの。

人には転機がある。全てが皆同じ時期にやってくるわけではなく、見過ごしてしまうこともあるが、良いことであるか悪いことであるかは解らない。

悪いと思う事をいい事だと思える考え方が私は必要だと思う。

いかに人生を有意義にするかはその人の考え方1つで変わるのです。

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2008年7月18日 (金)

思春期・・・心の葛藤

今日で、高校の1学期が終わり、中学の前期もお休みに。

いよいよ明日から夏休みに入り、私の仕事も増える?のでしょうか・・・shock

以前記事に書いた中学での問題は、先日ありました個人面談の時に詳しく先生から聞きました。

このことはアメーバの記事で書いています → 

この日に偶然、中学生のバスハイジャック事件が起き、同じ中学生ということで何ともイヤ~な感じがしました。

彼は利発な子のようで、いい方へ行けば立派な人になる気にさえ思わせるのですが、悪い方へ転べば今回のように180度人生が変わってしまうもの・・・

親に恥を搔かせたかったという理由や男女交際のこと、親に死ねと言われたなど、積もり積もった感情が爆発したのかもしれません。

今、同じ時期の子供を持つ親として人事ではなく考えさせられます。

感情がコントロールし辛い年頃ですが、、関係ない人を恐怖に陥れるということは人間として絶対にしてなならないこと、普通なら誰でも分かっているはずなのに、親の代わりにそちらへ向いてしまうことが腑に落ちませんね。

これだけ騒がれることは想像出来ないはずはないのに、もう死んでしまいたいという気持ちがどこかにあったのでしょうか?

若い時に「死」について考えることは誰でもあると思いますが、それを押しとどめるものとは何でしょうか・・・?

私の時代ではそれは宗教であり、友達、ペット、いろいろあるかと思いますが、中でも道徳心を持つことの重要性が大切であったと思います。

今ゆとり教育になって余分なものを排除してしまい、その中にあった道徳の時間も削り取られました。

しかし、今こうして見つめ直してみると、その時間がいかに大切かを物語っているかのようにも思えます。

確かに家庭内で話をすれば済むことではありますが、今は核家族、共働きが当たり前で、そんな話をするゆとりが設けられているかもどうかわからないのです。

しかし、その子供がこの様な事件を起こしたり、社会人になってついて行けない弱い心のままでは行く先は不安です。

私達親が家庭でどれだけ子どもとコミュ二ケ-ションを取っているか、理解しあえているかで人間形成も変わりそうです。

学校はあくまで集団生活を学ぶ場であり、個人の信念のもとは家庭で養うのが理想かもしれません。

個人があってこそ集団に入っていけるので・・・

どちらも欠けてはいけないのですが、今の教育委員会(大分の事件)を見ていると、胸が悪くなりますね。

荒んだ大人社会・・・政治だけではなく、教育者までもがモラルのない行いを堂々としている。

子供達は何を信じていいのか戸惑っているのかもしれない・・・

『我慢をする』・・・子どもには教えなくてはいけませんね。しかし、この我慢もするべき時としてはいけない時があり、そこの微妙なバランスをうまくすり抜けて行くことは大人でも容易ではないのです。

全てをひっくるめて、ものを見る道徳感、直観力、行動力など総合的なものが必要です。

そして謙虚さも忘れてはいけない点だと思います。

独りよがりな考え程おかしなことを引き起こしますね。

今回のこの少年も、自分中心にしか物事を考えていないように思えます。

若いからと片づけられない問題になる前に、私達大人ももっと子供たちに真剣に接しなければならない。

今大人達は気が付き始めていると思います。

私も子供たちへ絵本という形でメッセージを送っているつもりですが、どれだけの人に伝わるのかわかりません。

見た目を良くすることだけではなく、心を育てる方へ向っていくことにもっと力を注ぐことをお願いしたい気持ちです。

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